小説『ハーモニー』に出てくる用語「生府」や「Watch me(ウォッチ・ミー)」とは

小説『ハーモニー』に出てくる用語「生府」や「Watch me(ウォッチ・ミー)」とは

病で若くして亡くなったSF作家の伊藤計劃けいかくの小説『ハーモニー』。2008年出版。

この小説の舞台は、21世紀後半。かつてアメリカで発生した暴動をきっかけに、世界で核戦争やウイルスの蔓延など「大災禍ザ・メイルストロム」が生じる。放射能やウイルスによって増加する病気を駆逐するために、従来の政府ではなく、新たな統治機構として、医療合意共同体「生府ヴァイガメント」の下、生命至上主義による高度医療社会が生まれる。

混沌からの秩序化によって、医療管理社会が築かれた未来世界。

「生府。正確にいうところの医療合意共同体(メディカル・コンセンサス)。提供される医療システムについて一定の合意に至った人々の集まり。調和者ハーモニクスたち。そリゃ、生府にも評議員はいるけど、昔の政府の議員とはぜんぜんちがう。評議員連中やコミッショナーあたりに、王様や政府ほどの権力は集中してない。なぜって、みんなに力を細かく割って配りすぎた結果、何もできなくなってしまったから。生府を攻撃しようって言ったところで、わたしたちには昔の学生みたいに火炎瓶を叩きつける国会議事堂もありゃしない」 – 伊藤計劃『ハーモニー」

この社会では、健康が何よりも大事で、しかも健康が倫理と結びつき、全体のために健康や幸福が義務付けられる。病気がなく、老衰と事故以外に死のない世界。そのための重要なツールとして、一定の年齢になると、人々は体内にWatch Me ウォッチ・ミーというソフトウェアが埋め込まれる。

Watch Meとは、体内監視モニター搭載の装置で、この装置によって身体の恒常性が管理される。健康データが常時「生府」に管理され、自動で薬が提供されるメディケア(個人用医療薬精製システム)と繋がっている。異常は即座に察知され、万全の予防体制が敷かれる。生活も含め、健康維持のための助言も与えられる。

体型も、標準かつ健康的な基準に合わせた生活を行わざるを得ず、誰もが似たり寄ったりの体型となっている。『ハーモニー』の世界では、相互扶助の精神から、ボランティアも積極的に推奨される。

アニメ版『ハーモニー』予告

生命至上主義、健康至上主義の『ハーモニー』の世界では、身体は、社会的に貴重なリソースとして「公共のもの」という側面が顕著になる。健康でなければならない、健康であることを証明しなければならない。自分の健康を損なう行為は、公共物の毀損とも言える世界である。

「神の授けし命という教義は、生命主義の健康社会では『公共物としての身体』となる。わたしたちの命は神の所有物から、みんなの所有物へとかたちを変えた。命を大切に、という言葉には、いまやあまりに沢山の意味がまとわりつきすぎているの」 – 伊藤計劃『ハーモニー』

それゆえ、身体はWatch Meを通し、全体の管理下に置かれる。だからこそ、私の身体が私のものである、ということを示すある種の抵抗として、「自殺」が描かれる。作中では、思想家のミシェル・フーコーの言葉「死は権力の限界であり、これから逃れ出る時点である。死は存在の最も秘密な、最も<私的な>地点である(出典 : 『知への意志』)」という言葉も引用される。

また、その「健康」至上主義ゆえに、情報統制も厳しく、残虐なシーンや記述なども削除される。かつて映画と呼ばれた作品の多くも見ることはできない。誰も傷つけない、傷つかないような「美しい」世界。

この優しい医療ファシズムの世界に、感謝している人も少なくないようだ。「Watch Meに警告されてしまいましたわ。対人上守るべき精神状態の閾値をオーバーしているって……私を内部から見守る視線があるということは、ずいぶんとありがたいことです」

一方で、主人公であるトァンは、「人類は今や、無限に続く病院のなかに閉じ込めらた」と批判的に考えている。しかし、こうした考え方は少数派とされる。

この『ハーモニー』のあらすじや解説に関して、とても読みやすく分かりやすい論考としては、2019年に医療倫理が専門の浅井篤氏が書いた「我々は完全な健康ユートピア創造を目指すべきか」が挙げられる。少々長いが、『ハーモニー』の世界を上手に解説しながら、問題点を指摘している。

また、2021年に小説家の片山恭一氏が書いた、「不安と恐怖を煽るコロナの冷たい熱狂、伊藤計劃『ハーモニー』のような高度な医療管理社会へ移行促す」は、現代社会と絡めた分析で、実感を伴ってさらっと読める。

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