私と他者について

私と他者について

あの人たちからうつされる、というのは物凄く根源的な差別感情の気がする。

子どもたちはいつどんなきっかけで、なんの影響を受けて、◯◯菌がうつる、触るな、みたいないじめに至るのだろう。大人たちよりも、いっそう露骨に、そのことを行なっているように見える。

自分が子供の頃を振り返っても、そういう類のいじめはあった。女子と机をくっつけると、なにかがうつる、という感覚を、無意識に信じ込んでいた。

これは古くから内在する「不浄」の感覚が根っこにあるのかもしれないが、もう一つ、(特に大人が)うつしうつされることに怯える理由として、自分たちのなかの境界線が崩れることへの恐怖もあるのではないだろうか。

うつしうつされることから、自分と他者の境界線が自然界の次元では案外曖昧であることを知らされる。

たとえば、気圧の影響で心身が崩れる、というのを認めたくない心理とも繋がっている気がする。外部世界が、「私」に勝手に侵入し、影響されていることを、独立した「私」があると思い込んでいるほどに受け入れ難くなる。

頭でこしらえたフィクションと違う次元の世界が自然界にはある。

果たして「私」とは何か、「私」とは、鍵をかけて閉じこもれば一切の他者の影響を締め出せるものなのか。

少なくとも身体のレベルでは不可能だろう。呼吸し、なにかを食べたり飲んだりしながら生きていく以外にないのだから。

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