メルケル首相とマスク

メルケル首相とマスク

G20での一光景。会議場に到着したドイツのメルケル首相が、マスクを外した状態で車を降り、車を出ると、マスクをつけて外を歩き、ホールに入ったらマスクを外し、イタリアの首相とグータッチをする。

フランスのマクロン大統領も似たようなことをしている。マスクが、感染対策ではなく、政治的パフォーマンスや、何かしら別の意味合いとして行なっていることを露骨に表している。

特にメルケル首相は、もともと科学者であり、「私は理性の力を信じている」と言っている首相である。この行為も理性によって導き出したものなのだろう。

乱雑にポケットに突っ込まれたマスクは、また使われるのだろうが、それは、汚かろうが、なんであろうが、「どうでもいい」ことを知っているからだと思う。

グータッチも、よく意味が分からない。確か肘タッチを、と言っているときもあったと思うが、一体グータッチの何が感染対策なのだろう。

各陣営は選挙戦でも支持者らのコロナ対策に神経を使う。「もし感染者が出たら選挙どころではない」と警戒するある陣営関係者は有権者との接触は、手のひらを密着させない「グータッチ」を励行する。–  出典 : 衆院選 各党 コロナ対策は? 経口薬の普及促進を 消費税の時限的減税 有権者とは「グータッチ」|東京新聞

日本でも、なぜか「グータッチ」の励行をしている。もし握手をしていて感染したら「感染対策を怠っていた」と叱られ、グータッチだったら「頑張っていたのだから仕方ない」と言われるのだろうか。

全く意味不明であり、実際、メルケル首相も、別の場面では普通に握手をしている。

これは、メルケル首相が、トルコのエルドアン大統領と握手している写真である。

また、マスクは、パフォーマンス的な面だけではなく、階級社会的な印象も植えつけているように見える。

マスクを外していい人と、外してはいけない人の二種類の人間がいる。テレビの世界然り、選ばれた人たちだけが、マスクはしなくても許される、という雰囲気がずっとある。

別に、マスクをつけること自体に疑問を持ったり、悪だと言っているわけではない。

そんなに煩く言わずにさ、大人として、ポーズに付き合ってあげようよ、というのならまだ分かる。

ただ、それなら、我々は真面目に感染対策を考えている、命を最優先している、このやり方を否定するものは、命を軽視する思いやりのないものだ、といった態度で来たり、子供や他人に強要すべきではないと思う。

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