目が死んでる原因
東京のひとは、目が死んでる、と言われることがある。
今日は久々に朝の東京なのですが、すれ違う人々の表情の暗いこと。先日、京都精華大のサコ学長が言ってた「マリから知人が来ると東京の人の目、特に子供の目が死んでるのにみんなビックリする」という話を思い出してしまった。
— 山口周 (@shu_yamaguchi) October 18, 2020
確かに、東京含め、都会のひとのほうが目が死んでいると思うし、田舎の子供たちのほうが目が生き生きしていると思う。
ところで、この目が死んでるというのは、一体どういった目のことを指すのだろうか。特徴としては、目がうっすらとして覇気がなく、どこか眠そうな目。眠そうというのも、如何にも眠そうな寝ぼけ眼というより、寝ても寝なくてもどっちでもいいや、という目。心ここにあらずで、虚ろな、意思のない目。悲しい、というような感情もない目。こうした目を、僕たちは「死んだ目」と表現しているように思う。細い目といった形態よりも、もっとぼんやりとした全体の雰囲気で判断することが多いのではないか。
個人的な経験から言っても、目が死んでる原因というのは、神経をすり減らし、思考が停止し、心身が疲弊している状態ゆえだと思う。日頃の仕事、人間関係、生活の乱れの蓄積。あるいは、過去のトラウマが引き金となっている場合もある。いずれにせよ、「すっかり疲れ切った状況」が、この死んだ目の原因と言えるだろう(目は口ほどにものを言う、という言葉もあるが、その通りだと思う)。
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