プロパガンダとピアノの販売

プロパガンダとピアノの販売

PR(パブリック・リレーションズ)の父と言われる、プロパガンダの専門家、エドワード・バーネイズは、広告の技術として、繰り返し購買意欲を刺激するような印刷物をばらまくのではなく、自然と欲しくなるような「環境」をつくることを提唱する。

たとえば、バーネイズは、著書のなかで、ピアノを販売したい場合、どういったプロパガンダの手法が使えるか、ということについて解説している。一般的には、「このピアノはこんなに素晴らしい、こんなアーティストが愛用している」といった謳い文句で、自社メーカーのピアノのアピールポイントを主張する。しかし、この方法では、他のメーカーと似たり寄ったりとなるし、消費者の財布の中身を奪い合うために、自動車メーカーなどと競うことにもなる。そのため、彼の考えるプロパガンダ的な発想で言うと、まず、集団心理として、「我が家に音楽ルームがあるのは素晴らしいことだ」という風潮を浸透させることが重要となる。

プロパガンディストは、消費者に染みついた「今の世の中、車くらいは買わないと」という習い性を変えるような環境を作り出そうと、仕事に取り掛かる。現代人の誰もが抱く「家庭を大事にする」という本能にアピールするやり方が考えられるだろう。まず、この企業の宣伝を担当する戦略家であれば、「我が家のなかに音楽ルームがあるのは素晴らしいことだ」という考えを大衆の間に受け入れさせようと努力する。

–  エドワード・バーネイズ 『プロパガンダ教本』

このイメージを大衆の価値観に埋め込むために、バーネイズは、次のようなアプローチを提案する。

物事の始めとして、消費者に影響力を持っているインテリアデザイナーが設計したおしゃれな音楽ルームの展示会を開く。部屋には高価なタペストリーを掛け、格調高い雰囲気を演出する。展示会では、イベントやコンベンションなども並行して企画する。イベントには、消費者のカリスマとなっている重要な人物オピニオンリーダーたちを招く。そして、これまで人々の頭のなかに存在しなかった「音楽ルームのある家」というイメージの素晴らしさについて語り合うことによって、彼らのなかに発想を植えつける。

このイベントで生み出される新しいイメージは、様々なメディア媒体を通し、より広範囲に伝わっていく。次第に、影響力のある建築家が、クライアントから、「音楽ルームのある家」を組み入れるようにお願いされる状況が出来上がり、イメージが、どんどんと具現化する。新築の家を設計する際、音楽ルーム、あるいは、音楽のためのスペースを設ける、という発想が、自然になる。巨匠の建築家も若い設計士も影響を受け、一般市民に広がっていく。音楽ができるスペースのある家が増えていった結果として、消費者は、ふと思う。ここにピアノを置きたいな、と。

音楽ルームを構えることが流行になれば、それは自然と習慣のようになっていくものである。そして、音楽ルームを持つ、あるいは、居間の一角に音楽ができるスペースを設けた家を建てた消費者は、自然とピアノの購入を考える。「うん、ここにピアノを置くのがいいな」などと、まるでそれが自分自身のアイディアであるかのように思いつくのである。

– エドワード・バーネイズ 『プロパガンダ教本』

営業マンが、ピアノを欲しそうな人に売り込んだり、障害となっていそうな部分を取り除くのに苦心するのではなく、また、ターゲットを絞って、その人たちに届く印象的なポスターをつくるのでもなく、人々が自らの選択のようにして、自然と「それ」を求めるような状況をつくる。これがバーネイズの提唱する、プロパガンダ(現代で言うPR)の代表的な手法の一つである。

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