愛情省とは(『1984年』)

愛情省とは(『1984年』)

ジョージ・オーウェルの小説『1984年』の世界では、絶対的な独裁者であるビッグブラザーの監視の目は、テレスクリーンや密告などによってあらゆる場所に張り巡らされている。至る所に貼られたポスターには、ビッグブラザーの肖像画と、「ビッグブラザーはあなたを見守っている」という文言が記載されている。そして、もしビッグブラザーに反旗を翻す思想の兆候がわずかでも見られれば、幽閉され、〈愛情省〉で徹底した洗脳を受けることになる。

愛情省の内部で何が起きているのか、誰も知らないのだ。だが見当はつく。拷問、薬漬け、神経反応を記録する精密機械、不眠と隔離と質問責めによる緩やかな衰弱が待ち受けているのだろう。

–  ジョージ・オーウェル『1984年』

しかし、ただ拷問によって服従することだけでは、ビッグブラザーと党は、異端者を許さない。拷問の途中で、ビッグブラザーに忠誠を誓ったり、殺してくれ、と懇願しても、彼らは決して殺そうとはしない。徹底した洗脳が終わり、あれほど憎かった肖像画が愛おしく思えるような、心からの感謝の念が芽生えたとき、ようやく射殺されることが許される。

尋問が終わったときには、かれらは人間の抜け殻になっていた。自分たちがやったことへの後悔と〈ビッグ・ブラザー〉への愛以外には何も残っていないのだ。その愛の深さを目の当たりにするのは感動的だったよ。

 – ジョージ・オーウェル『1984年』

ビッグブラザーと党は、「中世の異端尋問は失敗だった」と考えている。異端審問所は、異端者を、まだ懺悔していないうちに火あぶりにし、しかも公開処刑にした。そのため、火あぶりにするたびに、彼は殉教者じゅんきょうしゃとなり、他の何千人もの人間が蜂起した。異端を撲滅しようとして、永続させる結果となってしまった。

その失敗から学んだロシア共産党は、異端者に火あぶりよりもいっそう厳しい迫害をした。公開処刑にする前に、拷問を与え、仲間から隔離し、尊厳を砕き、哀れっぽく慈悲を乞うように企てた。しかし、この試みも数年のうちに失敗に終わった。死者たちは再び「殉教者」として蘇った。なぜか。それは、彼らの自白が強要されたもので、真実ではないことが明らかだったからだ。だからこそ、ビッグブラザーと党は、異端者が拷問によって「虚偽」を言うのではなく、「真実」を語るように仕向けるのだった。

最終的にわれわれに屈服するときには、本人の自由意思から出たものでなければならないのだ。異端者を駆除するのは、われわれに抵抗するからではない。抵抗している限り、われわれは駆除したりはしない。

われわれは異端者を改心させる、その内なる心を占領する、人間性を作り直すのだ。その人間に宿っていたあらゆる悪とあらゆる妄想を燃やしつくして消してしまう。その人間が仲間になるように仕向けるのだ。

見せかけではなく、衷心から、全身全霊で仲間になるように。

– ジョージ・オーウェル『1984年』

彼らは、真実の愛を、自らの意思でビッグブラザーに向けるよう仕向けてから、綺麗さっぱり存在を抹消するのである。

1+